大人になってからの「つながり」は、自分で選んでいい
こんにちは!shibuです。
大人になると、自然に人と関われる機会って減っていきますよね。
学生のころは、同じクラス、同じ部活、同じ職場。
何もしなくても、誰かと顔を合わせる環境がありました。
でも大人になると、それは少しずつ減っていく。
だからこそ最近、私は思うんです。
意識的に「居場所」や「つながり」をつくっていくことは、
前向きに人間らしく生きるために、とても大切なんじゃないかって。
傷ついた経験がある人ほど、つながりを慎重に選びたくなる
過去に心が傷ついた経験がある人。
家族の問題だったり、いじめだったり、
人間関係でつらい思いをしたことのある人は、
人との関わりを“慎重に選びたくなる”のも、すごく自然なことですよね。
「もう傷つきたくない」
「変に期待したくない」
そう思うのは、弱さじゃない。
ちゃんと自分を守ろうとしている証拠だと思います。
ネットのつながりに救われた日々
私は、夫と死別した当時、X(旧Twitter)で心の内をポストしていました。
(ごく個人的なアカウントです)
するとフォロワーさんがメッセージやリプをくれて、
そのあたたかさに何度も救われました。
ネットの中にも、ちゃんとあたたかいつながりはある。
あのときの私は、本当にそれに支えられていました。
でも、2年経って感じたこと
夫と死別して、もう2年過ぎました。
最近は、自分のアカウントなのに
「寂しい」とか「まだつらい」と言うのが、少し怖くなってきました。
「まだ言ってるの?」って思われるんじゃないか。
そんな気持ちがよぎって、
寂しさをポストしないようになった自分がいます。
でも、気持ちに“時効”なんてないんですよね。
ふとした瞬間に、
波のように寂しさが押し寄せてくることがある。
「あの日」から、止まったままの自分。
誰かに聞いてほしくなる瞬間も、確かにある。
言葉だけでは埋まらないもの
SNSや文章のやりとりも、心の支えになります。
でも最近、私は思うんです。
顔や声って、それだけで不思議と安心できる。
その人の存在を「五感」で感じられること。
言葉だけじゃなくて、
表情、声のトーン、間の取り方、うなずき。
そういう“非言語のやり取り”があるからこそ、
「この人はちゃんと私を見てくれている」
「否定せずに受け止めてくれそう」
そう感じられるんじゃないかなって。
人って、安心できる場所でしか
なかなか本音を出せない生き物だと思うんです。
私の大切な人
今は離れた場所に住んでいて、なかなか会えないけれど、
私にはとても大切に思っている友人がいます。
彼女の声かけやサポートがあったから、今の私がいる。
落ち込んだときも、迷ったときも、
何気ない日でも、彼女は私の背中を押してくれます。
電話の最後には、少し恥ずかしいけれど、
毎回「大好きだよ」と伝えています。
言葉にして伝えるって、やっぱり大事。
それを、私は彼女から教えてもらいました。
待っているだけでは、つながりは増えない
正直に言うと、私はずっと
「つながりって怖いな」
そう思っていた部分もあります。
でも最近、こうも思うようになりました。
待っているだけじゃ、増えない。
だから私は、自分から関わる場所を増やそうと
少しずつ一歩を踏み出しています。
全部の人を好きになることはできない。
でも、
「この人のここが好き」
そう思える関係をいくつも持てたら、
人生はもっとあたたかいものになるような気がしています。
そんなふうに、少しずつ。
自分の居場所を増やしていけたらいいな
と思っています。


